
初恋のきた道(THE ROAD HOME)・2001年1月??日・ル・シネマ
「あの子を探して」に続く張芸謀の「学校」モノ。でもこちらの方は教育だけでなく純愛と家族愛がテーマになっています。
時間的な描写が(現代)→(過去の追想)→(現代)と流れていきます。これは良くあるパターン、でも大抵は現代の描写部分がカラーで過去の部分がモノクロだったりするのですが、この映画ではモノクロの現代から始まり、過去のシーンになるとタイトル写真のような鮮やかなカラーが浮かび上がっていきます。これがこの映画のポイントで過去の恋愛が生き生きと描かれています。
![]() |
![]() |
|
|
|
この映画も「あの子を探して」と同じように一台の自動車が農村に到着するシーンからはじまります。監督の張芸謀はきっと2本の映画を対でとったに違いないと思いました。
村に新しくやってきた若い先生に村で一番のかわいい女の子(ディ)があこがれ、やがて恋に落ちるというありがちなストーリーなのですが、その恋の素朴で一途なところが非常に良く描かれています。
たとえば、学校の建設現場で働く男達に村の女達が毎日お弁当を差し入れるのですが、ディは自分の作ったお弁当を他の男ではなくお目当ての先生に食べて欲しくて置き場所を一生懸命工夫します。また先生に会いたくて、下校途中で待ち伏せをしたりもします。…一歩間違えば「ストーカー」なのですが、そもそも人を好きになるとばかばかしいことでもドキドキしてしまいますよね。好きな子の家の前を通るだけでドキドキしたそんな大昔の素朴な気持ちを思い出させてくれる、そんなシーンの連続に完全にやられてしまいます。
![]() |
|
|
この映画にはもう一つ感動の仕掛けがあります。現代のシーンで、そんな若かった先生も年をとり、新しかった校舎も古くなっています。新しい校舎の金策のために吹雪の中を心臓病をおして町に出かけた先生は途中で亡くなってしまいます。
先生の遺体は町の病院に安置されていました。車で村まで運ぶと死者が家路を忘れるので必ず担いで帰らなければいけないという迷信を信じるディはどうしても町から担いで帰ると言い張ります。人手と費用が必要なので無理だから説得するように村長に頼まれた息子は最初説得を試みますが最後には母親の望むようにさせようと思い、5000元(日本円で7万円くらい、中国では映画をとられた当時で都市部の半年分くらいの給料)を村長に手渡します。
![]() |
![]() |
|
|
|
葬儀の当日、遠方からも元の教え子なども棺を担がせてほしいと駆けつけ、葬儀の列は100人にも及びます。村長は預かったお金を息子に「誰も受け取らない」と返します。葬儀の後、貯めてあったお金と村長から息子に返されたお金を「新しい校舎のために」と村長に手渡すディ、この結末も何となく「あの子を探して」に通じます。中国でポピュラーな「希望工程」(Hope
Project)です。
翌朝、息子は父の立った古い校舎の教壇に立ち、一時間だけ父の読んだ(作った)教科書を朗読します。(このシーンでもうボロボロに泣いてしまいます、普通。私の近くに座っていた60歳くらいの男性が涙を拭いていました、ああいう時代があったんですね、きっと。)
またもや張芸謀にやられたという感じです。「あの子を探して」よりこちらの方が感動しました。
![]() |
|
|
※参考文献 映画のパンフレット「Bunkamura」刊行
![]()
This page is produced by Kimihiro
Matsumoto.
All rights reserved.
Last revised: January 2001.
このHPは個人的なもので内容に関しては必ずしも保証されません。